Once Bitten,Never Shy~観ないで死ねるか!~

劇場鑑賞作品について言いたい放題。少し毒入り。

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SAW 2

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「謎は明かされるためにある!」
お楽しみ度 ☆☆☆☆☆

 前作の、オチがすべてのその結末にもいい意味で唖然としたが、そのときに続編制作という話も耳に入ってきていて、一体今度はどういう落とし前を付けるのか、そして、ということは、まだまだ"ゲーム"は終わっていないということなのか、と、続編の公開を心待ちにしていた。そして・・・。

 結論。これがもう最高!前作もアイディアの勝利ということで十分面白かったが、今回はその上を行っている。脚本がより練られていて、結末に至るまでの緊張感もかなりのもの。この制作チームのアイディアの泉は枯れることがないのだろうか。

 物語は最初の猟奇殺人の段階でジグソウが割り出され、早くも逮捕される。しかし、ここからの展開が本番。対峙する刑事とジグソウ、そしてそんな刑事を嘲笑うかのようにジグソウが提示する屋敷に閉じ込められた刑事の息子を含んだ8人の男女の映像。刑事とジグソウ、閉じ込められた8人の男女、この2つのエピソードが交互に語られてゆく。

 8人の男女のエピソードは、密閉空間ということで「CUBE」を想起させもするが、"何故"彼らがここに集められたのか、そしてジグソウの"ゲーム"に勝利し、唯一生き残った女性アマンダがその8人の中に含まれていることが、話を更に複雑にしている。また、刑事とジグソウとの対決も、ある意味息子を人質に取られ、パニックに陥る父としての刑事、それとは対照的に落ち着き払ったジグソウ。その対比も面白いし、実は、ジグソウのセリフの中に結末を導く伏線が隠されているのだ。

 そして、物語が展開し、クライマックスで前作の舞台のバスルームに戻り、提示される驚愕の結末。すべてのパズルのピースがピタリとハマるかのように、スパッと着地を決める手腕。お見事としか言いようがない。まだまだこの"ゲーム"は続くのだ。

 モチロン、察しのいい人は、おそらく途中(アマンダが出てきたあたりで彼女の役割に想像がついたかも)でその結末に気付いたかもしれないが、とある映画評論のサイトでも語られていたが、途中でオチに気付くということは、その作品が、理に適った結末を導き出している、"腑に落ちる"オチを用意している、からなのではないだろうか。つまり、そのオチに納得いかないということは、そのオチへの持って行き方が下手だから。幾ら想像のつかない意外性のあるオチだったとしても、そこまでの持って行き方が雑だったりすると、やっぱり腑に落ちないでしょ。だから、「途中でオチに気付いてツマラなかった~。」という批判は、実は無意味なのだ。謎解きばかりに囚われて、素直に作品自体の面白さを楽しめないなんて、勿体無いと思うんだけど。もっとも、意外性のないオチで、しかも描き方も雑でお粗末、というしょ~もない作品も多々あるけどね(苦笑)。

 あたしの場合は、過去の映画のレビューでも散々触れてきたけど、意外性のあるオチであろうがなかろうが、最後にしっかりと着地を決めてくれればそれで満足という部分もあるし、オチを見極めてやろうとか、そういう余計なことは考えないで作品に没頭する性質なので、見事にやられたし、大満足。いや~、面白かった♪

2005/10/29@TOHOシネマズ府中
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  1. 2005/11/14(月) 21:35:54|
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0:34

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「始発まで生きていたい―。」
お楽しみ度 ☆☆☆★

 イギリスで大ヒットした地下鉄を舞台としたホラー作品という触れ込みのこの作品。確かに"終電後の地下鉄に潜む恐怖"、という着眼点はナイスだと思う。普段何気なく利用している地下鉄に、こんな恐怖が潜んでいるとしたら、そりゃ真夜中の地下鉄に乗るの怖くなる人もいるかもな~。そういう意味では、一瞬ひとりでエレベーターに乗るのが怖いと思った「the EYE」みたいなもんか。

 とはいえ、「the EYE」のような"泣けるホラー"とは趣が180度異なり(ってゆうか、比較すること自体間違ってるわな。ただ単に乗るのが怖いっていう共通項だけだもん(汗))、この作品は"地下鉄がお化け屋敷と化す"、みたいな感じで、入り組んだ地下鉄の構内を逃げ惑うヒロイン、次々と何者かに餌食にされていく地下鉄の運転士、警備員、地下鉄構内で暮らすホームレスのカップル、はたしてそこに潜むのは何か?な~んて感じでお約束的な手法を踏襲しながらのハラハラドキドキの展開に息を呑む。

 で、一体どのような落としどころを見つけるのかと思ったら、ストーリーが進むにつれ、スプラッター度満点のグチョグチョ作品に様変わり(笑)。

 そりゃ"地下鉄がお化け屋敷と化す"といっても、怨念とかの本物のお化けが出るとは思わなかったけどさ~、人智の及ばない"何か"があるのかしらん、って思ってたのが、地下鉄構内が殺人鬼の巣窟となってました、ってオチには一瞬ズッコケ。ま、結局は人間が一番怖いってことかしら(苦笑)。

 そういうツッコミはあるにしても、その殺人鬼とフランカ・ポテンテ演じるケイトの追いかけっこは、一瞬ズッコケたものの、最後まで緊張感が持続して見応え十分。モチロン、この手の作品のお約束として、ヒロインは最後に助かるというのは分かってはいるのだけど、そういう野暮な理屈はこの際置いておいて、楽しむことができたかな♪

 そして、窮地を脱したケイトが迎える朝、あたかも終電に乗り遅れて、所持金もなくホームで一晩過ごしたかの様な彼女に対する、始発電車に乗り込む乗客の態度に思わずニヤリ。またいつもと同じ日常の地下鉄の光景が繰り返されるのかな。でも、"ホントは怖い地下鉄の夜"。

2005/07/16 @アミューズCQN
  1. 2005/07/17(日) 21:27:57|
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Uボート 最後の決断

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「愛国心か、生還か―」
お楽しみ度 ☆☆☆☆

 先週鑑賞した「セルラー」に引き続いての"メイシー祭り"ではありませんが(笑)、ウィリアム・H・メイシーが主役を張っているこの作品、「セルラー」での彼の活躍ぶりにほだされたという側面もあり(笑)、しかもこちらも3週間の期間限定公開という、なにやら似たようなシチュエーション。巷では"潜水艦映画にハズレなし"という格言もあるらしく、それならばと、公開終了間近に駆け込みで行ってきました。

 時は第二次世界大戦最中の大西洋。ドイツ軍と連合軍との戦闘が激化している中、アメリカ軍の潜水艦ソードフィッシュが、ドイツ軍の潜水艦Uボートとの激闘の末、艦に魚雷が命中、生き残ったアメリカ軍の兵士たちはそのまま捕らえられ、ドイツ軍の捕虜としてUボートに。当然お互いへの憎しみを前面に出して対立する両軍。しかし、Uボート自体も戦闘による損傷で、長い航海はできない(すなわち、ドイツへ戻ることはできない)、さらにはアメリカ軍が持ち込んだ伝染病が艦内に蔓延し、ドイツ軍も兵士の2/3を失うことに。そんな極限下、生き延びるためにUボート艦長ヨナスの下したひとつの決断により、今までの米独呉越同舟状態から、お互いに協力し合ってこの窮地を脱出しようと奮闘する様、そしてそこから生まれる連帯感、友情にも似た相互理解という男たちのヒューマンドラマを、愛国心、家族への想いといった感情も交えながら緊張感溢れる語り口で描く秀作だ。彼らのひとつになった想いによって導かれるラストは、本当の戦時下ではきっとありえないだろうと思われるものの、それでもこの極限状態を乗り切った男たちの有り様に、そんな野暮なツッコミは無用と思わずにはいられない、これまた拾いモノの1本だ。結局戦争って、人間同士の憎しみ合いというよりも、間に国家というものが横たわっているからこそ起こるのかもしれないなどと思ってしまった。

 また、この作品では、必ずや生きて祖国に戻るという家族への想いを秘めながら、刻々と変わる状況に冷静に対処していくソードフィッシュのチーフ(艦長でも副艦長でもない"第三の男")ネイトや、Uボートの艦長ヨナスの意を受けて、部下たちをなだめに回る副艦長クレマー(当初はヨナスの指示に心の内では疑問を感じつつも、ヨナス亡き後次第に変わっていく様子がいい。Uボートを脱出するときの「ここでは私が上位階級なんだから、君から先に出たまえ。」というセリフに痺れた)、といった、"トップ"ではない男たちの姿がふんだんに描かれるとともに、戦禍で娘を失う哀しみを胸の内に抱えたUボートの艦長ヨナスの最後の決断を下すに当たっての彼の心情も意気に感じるものがあり、登場人物の人間描写が非常に上手くできている、そんな印象を受ける。

 それしても、ネイトを演じたウィリアム・H・メイシーの、このカッコよさはどうだ。極限状態の中、自分を見失うことなく冷静に、的確な指示を出すベテランのクールさ。「セルラー」に続き、完全に今までの彼のイメージを覆すかのような静かなる熱演。今年の主演男優候補に躍り出た感じだ。それと、Uボート艦長ヨナスを演じるティル・シュヴァイガー。そういや「ノッキン・オン・ヘヴンズ・ドア」や「レボルーション6」に出てた彼だったんだということを後から知ったのだけど、部下からは"裏切り者"呼ばわりされながらも、実は一番現実的な手法で生き延びようとする、ナチスドイツでは間違いなく道に外れた生き方なのかもしれないけれど、娘を失った哀しみがその基になっているのだろうけど、人を殺すよりも生かすことの強さを知り、部下のことを思うその気持ちは間違いなくクールだ。

 低予算ながらも緊張感溢れる展開と、優れた人間描写とドラマ。「セルラー」同様、こういった作品が3週間の期間限定公開だなんてなんとも勿体無い!

2005/03/05 @日比谷スカラ座2
  1. 2005/07/16(土) 21:03:45|
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KILL BILL Vol.2

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「KILL is LOVE」
お楽しみ度 ☆×∞

 花嫁("ザ・ブライド")は、ひとりの男を追って世界を旅している。その男の名はビル。娘を殺した男であり、その娘の父親であり、かつて愛した男であった。そして彼女は、まだ娘が生きていることを知らない・・・。

 あたしにとっての2003年のChampion、「KILL BILL Vol.1」公開直後から、これを楽しみに今まで生きてきたといっても過言ではないこの「Vol.2」。まさに"観ないで死ねるか!"だったりするのだけど(笑)、あたしがこの作品を観るにあたってのスタンスとして、「Vol.1」と「Vol.2」は元々1本の作品であったのを無理矢理2分割したものであり、「Vol.1」は起承転結の"起"と"承"に当たる部分、「Vol.2」は"転"と"結"に当たる部分であり、当然あのタランティーノのことだからして、「Vol.1」と「Vol.2」が同じタッチの作品になるはずもなく、「Vol.1」と同じものなどはまったく期待していないし、そして、やはり1本の作品なのだから、「Vol.1」と「Vol.2」のどちらが好きかなどという考えもあたしの中ではまったく意味を成さないというスタンスで鑑賞したということを最初にお断りしておく。といっても、このあまりのタッチの違いには、ホントにこれが1本の作品として撮られたのか?などというツマラン疑問もわいたりして(笑)。

 とまあ、そんな理屈はさておいて、"「KILL BILL」SAGA"の後半戦となるこの作品、「Vol.1」で謎として残った部分がすべて氷解し(1本の作品だから当然だ)、セリフ回し、キャラクターの設定など、随所にタランティーノらしさが満載の、ファンにとっては間違いなく安心して観ていることができる愛すべき作品に仕上がっているといっていいだろう。やはり、「Vol.1」は、このラストのクライマックスへ至るまでの単なる序章に過ぎなかったということが良く分かる。とはいえ、今現在まで3回鑑賞した今でも(註:9/27現在で8回鑑賞)、まだまだあれもこれもと頭の中が整理されていなくて、かなり支離滅裂なレビューになっているのはご容赦くだされ。

 で、「Vol.2」は、ホントにストーリー重視。タランティーノが影響を受けたカンフー映画やマカロニ・ウエスタン映画へのオマージュが捧げられたといっても、実はこの辺の映画に疎いあたしには元ネタがどうとか言える知識もなく(汗)、それでも、局所に散りばめられた雰囲気で、「ナルホド~。」と思わせられてしまうというのがなんとも。

 それと、要所要所で語られるエピソードも無駄なんだけど無駄がない(笑)。そもそもタランティーノの作品って、極論しちゃうと無駄なセリフ、無駄なシーンの積み重ねみたいなところがあって、それが上手い具合に作品の中で機能しているから凄いんだと思うんだよね。パイ・メイ(この人のあごひげをサラリと撫でるその仕草がなんともキュート(笑))の猛特訓における"犬食い"のシーンとか、ビルがいきなり語るアメコミ・ヒーローの話とか、教会でのサミュエル・L・ジャクソン演じるオルガン奏者のツアーの話とか、バドのトレーラーハウスでバドがエルに訊く「お前が感じているのはどっちの"R"だ?」というセリフとか、"ザ・ブライド"に差し向けられた刺客が、彼女の妊娠を知って穴の開いたドア越しに「おめでとう!」って言って去っていくシーンとか、再会(と言っていいよね)を果たした"ザ・ブライド"とB.B.が一緒に「SHOGUN ASSASIN」(「子連れ狼」)を観るシーンとか(するって~と、B.B.はさながら大五郎か!?)、生き埋めから脱出した"ザ・ブライド"がカフェにフラフラと入っていくシーンとか(全然シチュエーションは違うんだけど、何故か「パルプ・フィクション」でミアがオーバードーズから蘇生したその後のシーンを思い出してしまった)、ビルの金髪好きのエピソードとか、B.B.の金魚のエピソードとか、ビルが"ザ・ブライド"に「半蔵さんの寿司の腕前は少しは上達したか?」なんて訊くシーンとそれに対して彼女が首を振るシーン(ってことは、1ヶ月の間、彼女は不味い寿司を食わされてたってこと?(爆))とか、バドの"出勤日チェック"のシーンとか(あと、ロケットが彼に「トイレが詰まったの。」なんていうのもあったな。バドのダメ男ぶりがこれでもかと言わんばかりに表現されてるよね)、とにかく枚挙に暇がない。その一方で、パイ・メイに仕込まれた技を脱出にしっかりと使ったり(この脱出シーンが、これまたBGMと絶妙にマッチしていてカッチョいいんだな、これが)、ビルとの会話の中で話題に出た五点掌爆心拳をしっかりと"ここしかない!"という場面に使ったりと、無駄なくシーンに織り込むことも忘れていない。

 また、母子の再会、ビルとの対決だけでなく、この作品のもうひとつの見所は、やはり"ザ・ブライド"とエル・ドライバーの一騎打ち。最初は荒野での服部半蔵の刀でのチャンバラという設定だったらしいのだけど、いざ蓋を開ければ狭く小汚いトレーラー・ハウスでの単なる殴る蹴る&取っ組み合いの喧嘩(笑)。お互いの拳法を駆使したりというのはあるんだけど、あれはどうみても単なる掴み合い(笑)。普通、便器に顔突っ込まないってば(爆)。でも、これがまた妙にハマっている。このバトル・シーンは、きっと忘れられないシーンになるんだろうな~。で、その喧嘩(笑)の中でエル・ドライバーの片目の謎が明らかにされ、お互いの師匠パイ・メイの末路まで明らかにされるとなると、当然勝負の落とし前をつけるのはあれしかないでしょ!みたいな。彼女には"死"よりも生き地獄を味わわせちゃえ、みたいな。ここで左目まで抉られたエル・ドライバーが悶絶寸前にのたうち回る姿、彼女の抉った眼球をグニャリと踏み潰す"ザ・ブライド"の冷酷さ。残酷なんだけど笑っちゃう(このシーンって、絶対最終章で語られるB.B.の金魚のエピソードとリンクしてるよね)。

 しかしまあ、キャラ設定ということになると、このダリル・ハンナ演じるエル・ドライバーの、バドのトレーラー・ハウスへトランザムを駆って疾走する姿がBGMと絶妙にマッチしてクールだったり、元の仲間のバドまで策を弄して殺しちゃう性悪女ぶりとか、その一方でメモ魔だったりするのが妙に可笑しかったり、彼女のセリフの中での「"おびただしい"って言葉好きよ。」なんていうのがすごく印象深かったり。

 あと、バドは完全に落ちぶれちゃって、今じゃ酒場の役立たずの用心棒。その退廃的な雰囲気をマイケル・マドセン、絶妙に醸し出しているのが凄い。でも、バドが唯一"ザ・ブライド"を返り討ちにしたということで、実は一番強かったりして!?その割には、エル・ドライバーに簡単に殺られちゃうのが哀しいけど(笑)。でもさ~、このふたりを見ていると、引退したヴァニータ・グリーンも含めて、オーレン・イシイを除いたTHE DiVASの面々って、あの教会での大虐殺以降落ちぶれちゃってるかも!?エル・ドライバーだって、なんか別に大きな仕事してるってわけじゃなさそうだし・・・。そういやビルだってホテルで隠遁生活だもんな。何が彼らをそうさせたのか?って、これは余談だけど(苦笑)。

 その他に嬉しかったのがエンド・クレジットでの遊び心と「Vol.1」からの主要な登場人物をすべて紹介してくれたこと(やっぱり、北村一輝は二役やってた)、ウマ・サーマンのクレジット(やっぱりこの4つは必須でしょ。"AKA Mommy"っていうのが好き。ついでにアーリーンも入れてくれたら完璧だったな)とまたまたやってくれましたの"恨み節"(笑)。エンド・クレジットといえば、この作品のスコアを手がけているのって、ロバート"ブラザー"ロドリゲスじゃん!と、その名前をクレジットに発見したときにはすごく嬉しかったにゃ~♪そういや、オーレンのスタントとしてクレジットされていた"MICHIKO NISHIWAKI"って、ありゃ絶対西脇美智子のことだよね。

 そして、この作品のサブタイトルとも言うべき"ザ・ラヴ・ストーリー"。最初はタランティーノとラヴ・ストーリーってなんだかかけ離れているような気がしたのだけど、いやいやどうして。男女の愛だけではなく、母性愛、兄弟愛、愛憎相半ばする感情、そういった、より広い意味での普遍的な愛というものが、見事に描かれている。

 "ザ・ブライド"とビルの間の愛。教会での大虐殺の前に再会を果たすふたりの間に流れる微妙な感情。その正体は最終章でのふたりの対決で明らかにされる。その根底に流れるどうしようもない男女の感情の揺れ。お互い愛していたのに、だけど・・・。このなんともロマンティックというには大袈裟だけどなんともムーディーな雰囲気に溜息。それだけに、"ザ・ブライド"がビルに五点掌爆心拳でとどめを刺すくだり、本当の"別れ"を前にしたふたりの表情に思わず涙。死に行くビルの表情が、なんともクールでカッコいい(ほとんど仁侠映画の世界だ)。"復讐"、のはずなんだけど、その根底に流れるのはどうしようもないお互いの"愛"だったみたいな。「Vol.1」では熱いものがこみ上げるところまでだったんだけど、この「Vol.2」ではとうとうマジ泣きかよ!(笑)

 その男女の愛を超越する"ザ・ブライド"の母性愛。妊娠が判明したときの衝撃、子供の未来のために組織を離脱しようとするその気持ち、娘を殺されたと思い復讐の道を辿るも、死んだと思っていた娘B.B.が生きていたと知ったときの彼女の感情、その表情。B.B.のベッド脇に置かれた"ザ・ブライド"の写真。そしてすべてに片が付いた翌朝にB.B.と一緒に見せるその晴れやかな表情。すべてを包み込む母の愛。父親の顔を知らずに母親に女手ひとつで育てられ(ということは、同じ境遇のビルのキャラに自らを投影しているのか?)、彼女にいいことも悪いことも、人生における様々な物事を教わったであろう(この辺が、もしかしたらB.B.の金魚のエピソードによって象徴されているのかな?)タランティーノの自身の母親への深い敬愛の念。そして、自らが母親になったことで母性というものをあらためて見つめ直したのではないかと思えるウマ・サーマン。この"ザ・ブライド"のキャラクターはタランティーノとウマ・サーマンのコラボレーションによって生み出されたものであるから、それぞれの人生観、視点からの"母性愛"というものに満ち溢れたキャラクターになるのは必然なんだろうか。

 また、ビルとバドの間のこれまた微妙な兄弟愛(と言っていいのか?)。バドがビルの前で質屋に売り払ったと言ってのけた服部半蔵の刀。だけど、実はそれは嘘。関係がこじれた兄貴の手前の照れ隠しなのかその真意の程は分からないけど、やっぱりそう簡単に手放すことなど出来やしない。そしてその刀に刻まれたビルからのメッセージ(これには泣けたね~)。そこにあるのはかつていい関係を築いていた兄弟の情愛。今はこんな関係になってしまったけど、それとは違うそう遠くはない昔に思いを馳せてしまう。そういったものをすべて呑み込んで咀嚼した上で吐き出したのがこの作品。これぞタランティーノ流ラヴ・ストーリー。それ故、これでいいのだ!
  1. 2005/07/15(金) 21:33:44|
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KILL BILL Vol.1

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「許せない。許さない。」
お楽しみ度 ☆×∞

 4年間の昏睡状態から目覚めたとき、孤独な花嫁("ザ・ブライド")はすべてを悟った。そして心に決めた。私を裏切り、私のお腹の中に宿っていた子供までも殺した奴らをひとり残らず抹殺すると。復讐は、神が彼女に与えた運命なのだ。"ザ・ブライド"はたったひとりで闘いの旅に出る。世界を股にかけた、長く、そして壮絶なる復讐の旅に・・・。

 あたしがどれだけクエンティン・タランティーノ監督に思い入れがあるのか、改めてここで言ったり書いたりしても恐らくその真意の半分も伝わらないとは思うけど、とりあへず考えを整理する意味で書かせてもらう。

 あたしが映画にハマるそもそものきっかけは、ロバート・ロドリゲス監督の「エル・マリアッチ」なんだけど、そこから派生する形で「こういうテイストの作品を気に入ったのならこっちもきっと気に入ると思うよ。」という悪友のなおちゃんに薦められた「レザボア・ドッグス」をビデオで観て、そしてちょうどいいタイミングで公開された「パルプ・フィクション」を観たことによって「エル・マリアッチ」以上の衝撃を味わい、「あたしが求めていたのはこういう奴なんだ!」と一気に開眼、完全にインディペンド系の作品にハマり、その後はメジャー作品ではなく、インディペンド系、単館系の作品を貪るように観ることになる。

 つまり、ロドリゲスを介在しはしたけど(後から彼もタランティーノの大のお気に入りだということを知ることになる)、タランティーノと出会っていなかったらここまで映画にのめり込むことはなかったし、自分のサイトを開設して今こうやってタラタラと駄文を書くこともなかっただろう。間違いなく今とは違った人生を歩むことになっていたと思う。そういう意味でも彼はあたしの人生に多大なる影響を与えた男、いや、あたしの人生を360度、もとい180度変えた罪作りな(笑)男と言っても過言ではない。どうせならこんな"しゃくれアゴの映画オタク男"(爆)じゃなくて、カワイイ女の子に人生変えてもらいたかったけど(爆)。

 そんな彼の「ジャッキー・ブラウン」以来6年ぶりとなる新作は、一言で言うと完全な彼自身の趣味丸出しの下品で「パルプ・フィクション」の"fuck"の連発に続いて、今度は"bitch"の連発かよ!(爆))超B級おバカテイスト満載の"バイオレンス・チャンバラアクション・オタク映画"だということ尽きる。そしてそのバイオレンス描写(飛び散る血飛沫、もげる首、手足、特にあの青葉屋での日本刀バトル、ワクワクするね。HR/HMを聴いて感じるカタルシスと同等のものを感じる。そしてGOGO夕張との決闘シーンなんてもうサイコー!栗山千明の、あの目の据わり具合、マジでスゲェぜ。そういや、あの青葉屋にのた打ち回る死体の山の中にタランティーノ自身もいるらしいんだけど、一体どこに?)に血沸き肉躍る体内アドレナリン噴出度1,000%の、ツマラン理屈は力技でねじ伏せる、サイコーにクールでサイコーにサイテーな(笑)、彼自身が影響を受けた映画に対する愛情に満ち溢れた、どうしようもなく愛しい作品だ。この作品を捧げられた故深作欣二監督もいい迷惑、ではなく、きっと喜んでおられることでしょう(笑)。でもさ~、エンドクレジットのThanks Listの中で、監督の息子の健太氏のクレジットが"BENTA FUKASAKU"ってなってるのは流石にマズイんでないかい?(苦笑)

 また、6年ぶりの新作ということで、もしかしたらタランティーノの感性も鈍っているかも、な~んていう心配は杞憂に過ぎず、震えるくらい興奮し、タランティーノは何にも変わっていないという事実に狂喜乱舞し(やっぱ彼はサイコーの映画オタクだよ)、その喜びと興奮のあまり、最後は胸に熱くこみ上げるものが。まさかタランティーノの作品を観て泣きそうになるとは思わなかった(大バカ)。そんな自分のおバカ加減に気付いてまた泣きたくなってるし(爆)。で、結局朝から映画館に篭って気が付いたら3回続けて観てしまったのだけど、時間が許せば最終回まで観ていたかったな~。これほどまでに映画館を後にするのが名残惜しいと思った映画は初めてかも。ということで、本上映中に間違いなく最低でももう一度行きますよあたしは。今度は朝から晩まで"「KILL BILL」マラソン"を敢行したい(笑)。(註:結局、トータルで10回スクリーンで観た。)

 と、長い長い前置きはさておき(笑)、肝腎の内容はというと、単なる"おバカ&オタク&バイオレンス・チャンバラアクション映画"なので、中身なんてな~んにもありません(爆)。ってゆうか、この作品について四の五の小難しい理屈をこねて語るのなんてまったくもってナンセンス!本能で感じて楽しめるかどうか、好きか嫌いか、この一言に尽きる。楽しめなかったという人はまったくもって正常な感性の持ち主で、"ザ・ブライド"と同じでまだまだ理性が残ってます(笑)。そしてあたしのように、こんなにもバイオレンスなオタク映画を十分楽しんだという人は、かなり人間壊れかけてます。マジでサイテーな人間です(爆)。

 まあ、バイオレンス描写については個々の感性、生理的に受け入れられるかどうかというのがあるというのは十分理解してるつもりだし、この作品はそれ"だけ"の映画でもないのは周知の事実(だから、あんまりこういうことだけを取り上げて御託を並べたくはないんだけどね)。だけど、バイオレンス描写というのはタランティーノの作品を構成する重要な要素のひとつであり、そういったものものもすべて含めて飲み込まないと、タランティーノ作品の本質には迫れないと思うんだ。こんな寝言をあたしが言ってると、暴力礼賛の単なるアブナイ奴だと思われかねないけど(苦笑)。それに、今回は事前情報が嫌でも耳に入ってきたはずだから、それを承知の上で映画館へ足を運んだはずなのに、この期に及んで血飛沫が多すぎだとか、バイオレンス過ぎるなんて言う人は、やっぱりタランティーノのことを正しく理解しているとは思えないし(そういう人は過去のタランティーノ関連作品をちゃんと観て、「KILL BILL」関連本&関連サイトをしっかりチェックしてから出直すか、縁がなかったということで今後は一切タランティーノ作品とは関わり合いにならない方が精神衛生上よろしいかと(爆))、また、過去の3作品と比較してどうとか言うのもナンセンス。この作品はただ単に彼の頭の中にあるイメージのおもちゃ箱をひっくり返したものを具現化したものであり、後はそれに同調できるかどうか、同化できるかどうか、ただそれだけ。

 だから、ここでは"通"ぶってこの作品の元ネタがどうとか、各所に散りばめられた小ネタがどうとかということには一切触れるつもりはございませんことよ(でも、やっぱり"レッド・アップル・シガレット"には思わずニヤリ)。そんなもんは、ネットを駆使するなり、関連本が掃いて捨てるほど出版されているのでそちらを参照するのがよろしいかと。

 だけど、ひとつだけ言えることは、例えばかなりスベリ気味の寿司屋での会話(あそこにソニー千葉ちゃんと一緒に出てくるハゲって"宇宙刑事ギャバン"&"バトル・ケニア"の大葉健二ぢゃん!うう~、懐かしい)や、おバカ日本語&英語がごちゃ混ぜになっているセリフ回し、勘違い日本描写などは、間違いなくすべて計算づくのものだということ。そして時間軸を巧みにずらして交錯させるという構成の上手さは相変わらず。そういやアニメのオーレン・イシイの少女時代の声優にクレジットされていた"Ai Maeda"って、あの前田愛のこと?声だけの出演ってことはもしや・・・?と思ったら、彼女と同姓同名の声優さんでした(笑)。

 また、作品自体のテンポも非常によく、ウマ・サーマン(あのピー音で消される"ザ・ブライド"の本名は何なんだよ?放送禁止用語か?(爆))をはじめとする出演者が皆生き生きとそれぞれのキャラクターを演じているので(ルーシー・リュー演じるオーレン・イシイの白い着物姿がなんともハマってるし、今回は出番は少ないものの、ダリル・ハンナ演じるエル・ドライバーの病院での赤い傘と白いスーツのコントラスト、そして服装に合わせて変わるアイパッチも絶品)、2時間を全然長いと思わずにあっという間にクライマックスへ。これじゃあ続けて何度も観たいと思う筈だわ。そして、「Vol.2」への期待を繋ぐに十分なあのエンディング。ああ~、来年のGWといわずに、今すぐにでも「Vol.2」を観たい!ちなみに、サントラもそれぞれの局面に非常にマッチするクールなもので(青葉屋のオープニングでの布袋アニキの"Battle Without Honor or Humanity"なんて、ゾクゾクくるくらいサイコー!だし、"ザ・ブライド"とオーレン・イシイの対決シーンでの"Don't Let Me Be Misunderstood"のイントロ(どうせなら、尾藤イサオ兄貴のバージョンを使ってくれ!(笑))や"修羅の花"なんかも妙にマッチしてるし)、頭の中では"恨み節"(これもアルバムに収録してくれたら文句なしだったんだけどな~)がグルグル回りっぱなし(爆)。しかし、いいのか、こんなクダラナイ、中身も何にもないサイテーな作品のレビューにこんなに字数を使って?ま、いいか。どうせ、映画と同じで中身も何にもないレビューなんだから(汗爆)。もっとも、これでもかなり抑えたつもりなんだけどね(汗)。
  1. 2005/07/15(金) 21:28:15|
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mista-bone

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