Once Bitten,Never Shy~観ないで死ねるか!~

劇場鑑賞作品について言いたい放題。少し毒入り。

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バットマン ビギンズ

batman.jpg

その男は「闇」から生まれた―。
お楽しみ度 ☆☆☆☆☆

 "バットマン"と聞いてプリンスを思い出す人は、間違いなく30代後半以上。という話はさておき(笑)、過去のバットマン・シリーズとは完全に切り離された、まったく新しい作品として構築されたバットマンの誕生秘話。まさか、ここまでダークに、しかもエンターテインメントしている作品だとは予想だにせず、いい意味で予想を裏切られ、大いに楽しむことができた。

 まず、全体がダークな色合いで彩られているという点に大満足。単純なヒーローものというよりも、元来が"ダークな"色合いの作品を好む私故、ここもポイント高し。やはり、イギリス人監督がメガホンを取ったということがいい方向に作用しているのだろうか。クリストファー・ノーラン監督については、前作「インソムニア」を観て、次作が勝負、と思っていただけに、その次作がこうしたアメコミのシリーズものという点に正直驚き、一抹の不安を感じていたのもまた事実。ところがどっこい今でのシリーズの流れをまったく断ち切り、こうした作品に仕上げた彼の力量は、やはり只者ではない。アメリカ人監督、スタッフだったら、同じような作品を撮っても、色合いは異なっていたように思えるな~。

 また、私がこうした大作を鑑賞する上での大きなポイントは、理屈抜きでエンターテインメントしているかどうかということがまず最初にある。そういう意味で、ヒーローが縦横無尽に飛び、駆け巡り、アクションを決めるという点でまずはクリアー。しかも、このブルース・ウェイン、別に何らかの超人的な能力を持ち合わせているのではなく(「KILL BILL Vol.2」でのビルのアメコミについて語るセリフを思い出す)、まさに生身の人間。そんな彼が、様々なアイテムを駆使してヒーローとして活躍するというのがまた痛快だ。
 
 その上でストーリーとキャラクターに入れ込めるかどうかということがその次にくるのだけど、己の中にある"恐れ"の気持ちと"心の闇"を直視し、それを昇華させることで折り合いをつけ、"ダーク・ヒーロー"として立ち上がるというその展開と、その境地に至るまでのスルース・ウェインの心の葛藤が鮮やかに描き出されるという点で、もうこの作品の成功は保証されたといっていいだろう。その点では「スパイダーマン2」でのどうしようもない中途半端振りとはエライ違いだと思う。

 また、個々のキャラクターも魅力溢れるキャラが揃っている。ブルースを決して見放さず、常に彼を陰に日向に支え、時には彼の無軌道振りを諌める執事のアルフレッド(ユーモラスな雰囲気を湛えている姿が好き。マイケル・ケインが思い切りハマっている)、警察の唯一の良心、ゴードン刑事(ブルースの両親が殺害されたときに優しく少年ブルースを慰める姿も印象的だ。でも、ゲイリー・オールドマンの善人役って初めて観たかも(笑)。とはいえ、違和感がないところが凄いんだよな~)、ゴッサムシティに安寧を取り戻そうとひとりで奔走するレイチェル(最近はトム・クルーズとの結婚報道で話題になっているけど、ケイティ・ホームズの実力は、「エイプリルの七面鳥」で実証済み)、その狂気を湛えた瞳にゾクリとするDr.クレイン(キリアン・マーフィーって、こっち方面に方向転換したのか?確かに"二枚目"で売っていくにはキツイけどさ~、ハマりすぎててコワいんですけど(笑))などなど。

 その他にも、リーアム・ニーソン、モーガン・フリーマン、トム・ウィルキンソン、渡辺謙(出演はわずかながら存在感はたっぷり。でも、"影の同盟"の真の支配者がデュカードだってことは、ぢつは"捨てキャラ"の一種だったりして(汗))などなど、ここまで豪華な俳優陣が脇を固めるというのはスゴイことだ。
 
 そして、今回の一件が片付いた後、次なる敵として"ジョーカー"を示唆して終わるエンディングもグー。この後のバットマンの活躍に思いを馳せてしまう。

 ちなみに、作品の本筋とはまったく無関係ながら、この作品の中で一番感嘆したのがクリスチャン・ベールの肉体。確か「マシニスト」を撮影したのはこの作品の前だったと思うんだけど、あの作品であそこまでガリガリに痩せておいて、こちらではしっかりと筋骨隆々な身体に戻しているという、その役者根性、これが一番スゴイかも(笑)。

2005/07/17 @新宿ピカデリー1
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  1. 2005/07/18(月) 14:43:53|
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ビヨンド the シー

beyondthesea.jpg

「伝説のショーの幕が上がる。」
お楽しみ度 ☆☆☆☆

 敬愛するケヴィン・スペイシーが制作・監督・脚本・主演を務め、構想から完成に漕ぎ着けるまでに10年の歳月を要したというこの作品。リューマチ熱の影響で心臓を患い、15歳までしか生きられないと診断されたものの、音楽との出会いによって道が開け、若くしてアメリカのショービジネスの世界で成功し、トップスターの座にのぼりつめたものの、37歳という若さで早世した"伝説のエンターテイナー"といわれるボビー・ダーリンの短い駆け足のような人生を、ケヴィン・スペイシーが渾身の演技と見事な歌と踊りで魅了してくれる。まさにケヴィン・スペイシーの独壇場、いい意味での"俺様映画"だ(笑)。

 まず、あたしはボビー・ダーリンについてはまったくといっていいほど知らない。もしかしたら彼の歌う楽曲を何かの折に耳にしたことはあるのかもしれない。だけど、仮にそうだとしても、積極的に云々という類のものではないだろう。だから、ボビーに対する思い入れといったものはまったくないし、ここに描かれている彼の人生が、多少の脚色も交えて描かれていたとしても(この辺は、自身の伝記映画を撮影するボビーと、少年時代のボビーとして登場する少年が上手い具合に釈明しているといってもいい)、特段それをあげつらってどうこう言うつもりもない。また、ボビー自身の顔も知らなかったので、ケヴィン演じるボビーが本人と似てるのかどうか、ということについても何も語ることはできないし、語るつもりも毛頭ない(もっとも、あの自虐的(笑)ともいえなくはない"ヅラネタ"は、ボビー自身も"ヅラ"だったのかな~などと、思わずにはいられないんですけど(笑)あそこになんともいえない哀愁が漂ってたりして(笑))。

 この作品において最も重要なポイントは、完成までに10年という歳月を要したケヴィン・スペイシー自身の、ボビー・ダーリンに対する思い入れをこちら側が汲み取ることができるかどうか、ということと、何年もトレーニングを積んで、吹き替えなしで歌をこなしたというケヴィンの歌唱、この2点に絞られるといっても過言ではないだろう。

 そういう意味では、まさに完璧な作品。ここにはケヴィン・スペイシーという一流の俳優の、一流のエンターテイナー、ボビー・ダーリンに対する愛情とリスペクトが満ち溢れているし、ケヴィン自身の歌唱も、これまたお見事!としか言いようがないほど堂に入っている。劇中で歌われるボビー・ダーリンの数々のナンバーに、こちらもスイングしてしまうほどの説得力がある。オマケに、ケヴィンのダンスも観られて言うことなし。彼の歌とダンスを堪能するだけでも観る価値は十分にある作品だ。ケヴィン自身も一級のエンターテイナーだと思うよ。あたし自身も音楽との出会いによってかなり救われた部分があるので、やっぱり音楽の持つ効用というのは多大なものがあると、ここでも実感。

 モチロン、ドラマ部分にしても、少年時代のボビーと今のボビーが対話しながら進行していく部分などはファンタジックな感もするが、エンターテイナーとしての成功の階段を駆け上がっていき、この世の春を満喫する光の側面と、やがて時代遅れになり、いつしか人々から忘れ去られた存在になり、身も心もボロボロになる影の部分。だけど、そんな彼を支えてくれた元妻サンドラの「観客は見た目で聴く。」の言葉に一念発起して蝋燭の最後の灯火を燃やそうとばかりにエンターテインメントのステージにカムバックするその姿のコントラストが絶妙だし、彼の出生にまつわる秘密が明らかになりショックを受けるも、最後にはそれを受け容れてステージから語るその姿に胸が熱くなったのもまた事実だ。

 こうやって、長い歳月をかけた努力の結晶として、自分の大好きなアーティストについての作品を思い入れたっぷりに撮ることができたケヴィン・スペイシーは幸せだと思うし、そんな彼の心意気にも拍手。

 追記 ボビー・ダーリンの元妻サンドラ・ディーが、この作品が日本で公開される直前に腎臓病による合併症で亡くなっていたということを鑑賞後に知りました。享年62歳。心より彼女のご冥福をお祈りします。

2005/03/05 @シネリーブル池袋
  1. 2005/07/16(土) 21:06:50|
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復讐者に憐れみを

mr.vengeance.jpg

「その衝撃に言葉を失う―」
お楽しみ度 ☆☆☆☆★

 2002年の東京国際映画祭で上映されたものの、その内容のせいか、結局お蔵入りになったかと思われたが、ようやく日の目を見ることになった、「オールド・ボーイ」を間に挟み、現在撮影中の最新作と合わせてパク・チャヌク監督が描く"復讐三部作"の第一部とされるこの作品、確かに暗澹たる気持ちになるその重苦しさ、痛み、哀しみ、苦しみ、そして衝撃と、ラストの目を覆うばかりの救いようのなさ、後味の悪さは「オールド・ボーイ」を凌ぐかもしれない。しかし、とことんまで堕ちていく人間の性を描いた、そこに秘められたとんでもないパワーに脳天をぶち抜かれたような気持ちになり、その感覚は決して嫌いではないというか、むしろ好きだ。もっとも、かなりエグイ残酷描写も含めて、これはかなり好き嫌いが分かれると思うし、間違いなく万人受けしない、観る者を選ぶ作品だと思う。

 話すことも聞くこともできない障害を持つリュ、長い間重い腎臓病を患い、腎臓移植を受けなければ危険な彼の姉のために、臓器密売組織を訪れた彼は、結局全財産を巻き上げられ、その上自身の腎臓まで奪われてしまい、なおかつ働いていた工場までリストラのあおりを受けてクビになってしまう。そんな彼に恋人のヨンミが持ちかける誘拐計画。苦労人の社長社長ドンジンの愛娘ユサンを誘拐し、身代金を奪おうという計画。しかし、誘拐したはいいけれど、彼女を誘拐したことを知ったリュの姉は自殺し、挙句の果てに不慮の事故でユサンを死なせてしまい(溺死したユサンの死に顔の半分を横から湖に浸かった形で映し出すカメラワークが新鮮だ)、そこから始まるドンジンとリュのまさに血で血を洗う復讐劇。

 そこにあるのは憎しみからは憎しみしか生まれないという、憎しみと、そして終わりなき復讐の連鎖。ドンジンはリュとヨンミを追い詰め(ラストシーンで映し出される小分けにしたゴミ袋に背筋が凍り、電気ショックで失禁してしまうヨンミの姿に震えてしまう)、リュは臓器密売組織を見つけ出し(金属バット片手に組織に乗り込むシーンでは、「オールド・ボーイ」の格闘シーンに繋がる一端を垣間見たような気がした。そして、ここで描かれる徹底的に血生臭い暴力描写には、妙な言い方かもしれないが、カタルシスさえ覚えてしまう)、そして最後はドンジンも、ヨンミが所属していた"革命的無政府主義者同盟"の手に落ちる(ここで最初のシーンでヨンミがプリントアウトした"死刑"の文字がリンクするのだ!)。最後には何も残らないという救いようのなさに言葉が出ない。しかし、どうせやるなら中途半端な結末ではなく、ここまで徹底してやってくれた方が、語弊があるかもしれないけれどかえって気持ちがいい。人間は、憎しみの感情が極限に達したとき、ここまで冷酷になれるものなのか。それが人間の本質なのか。そしてその憎しみの気持ちは最後には自分に返ってきて、結局はすべてを破壊し尽くし、何も残らないのだろうか。そういった意味では、とことんまで人間の心の闇の部分を徹底的に抉り出した作品であると言えるだろう。

 それにしても、10キロを超える減量をして、愛娘を失った哀しみから復讐の鬼に転化するドンジンを演じるソン・ガンホの、今までの彼のイメージとは打って変わったシャープで冷酷な表情と胸の内に抱えたどうしようもない哀しみの感情表現は、相変わらず貫禄と、そして存在感十分だし、話すことも聞くこともできないという難しい役柄を、表情と目の動きで演じきったリュを演じるシン・ハギュンの演技力も特筆すべきだと思う。そして、これまた従来のイメージとはガラリと変わった革命主義者のヨンミを演じるペ・ドゥナの違った一面(そして、彼女のファンにはたまらないであろうベッドシーンもあり(笑))も、新たな発見ということでお得感十分だ。でも、何度でも言うけど、決して万人受けしない観る人を選ぶ後味の悪い作品だから、その点を心して観るべきだろうな~(苦笑)。

2005/02/11 @新宿武蔵野館
  1. 2005/07/16(土) 17:57:28|
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巴里の恋愛協奏曲

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「誰もが誰かに恋してる」
お楽しみ度 ☆☆☆

 この作品って、"ミュージカル"ではなくて"オペレッタ"だそうな。ミュージカルとの一番大きな違いはミュージカルがマイクを使うのに対して、オペレッタは原則として生の声で歌うらしい(ということが、この作品のチラシに書いてありました)。

 そんなパリでロングラン・ヒットを記録したオペレッタを映画化したこの作品、オープニングの歌いだしのシーンから掴みは上々といった感じで、実業家の夫ジョルジュと理想的な結婚生活を送るジルベルト、しかし、彼女にはジョルジュにも言えない秘密があった。その秘密とは彼女がジョルジュとの結婚前にアメリカに居住していたときにエリックというアメリカ人との離婚歴があり、"女は初めての男のもの"という持論を崩さないジョルジュには絶対に知られてはならないもの。しかし、ジョルジュが仕事でエリックと知り合い親しくなり、彼らの家へ招かれ、ジルベルトはパニック寸前、その一方でジルベルトに想いを寄せる青年シャルレ、そのシャルレに想いを寄せるユゲットも加わっての恋のドタバタが歌を交えながら繰り広げられる。

 ストーリーとしては定番というか、非常に分かりやすく、オペレッタのラストはハッピーエンドで終わるというお約束事があるらしく、そういった意味でも大団円のラストも含めて安心して観ていることが出来る類の作品であろう。

 しかし、そういう作品であるにも拘らず、あたしは正直この作品を心から楽しむことが出来なかった。それは何故なのか考えてみたんだけど、要するに登場するキャラクター個々の魅力が全然立っていないということなのだ。例えば主演のサビーヌ・アゼマ演じるジルベルト。夫から愛され、複数の男から求愛される。しかし、彼女には年齢云々ということではなく、どうも艶と輝きが感じられず(どちらかというと枯れた感じ)、どうして彼女がこんなにも愛されるのか、理解に苦しむ。物語の一番の中心人物である彼女に魅力が感じられなければ、やはり楽しめないでしょ。それからジャリル・エスペール演じる彼女に想いを寄せるシャルレ。お前は嶋田久作か!?と思わずツッコミを入れたくなってしまうアゴ男(爆)。それになんかギトギトとした嫌らしさを感じてしまったのだけど。こういう男にオドレイちゃん演じるユゲットが惚れること自体が許せん(爆)。お目当てのオドレイ・トトゥ演じるユゲットにしても、確かにカワイイけど(かなり贔屓目)小悪魔的な魅力とまではいかない様な気もするし、わざわざ彼女が演じる必要もないのではなかろうか。それと、どうもここ日本ではオドレイ・トトゥが主演、みたいな宣伝がなされていて、それって違うんじゃないのかなと。

 そうしたキャラクターの魅力が感じられなかったために前述した大団円のハッピーエンドにしても、どうもスッキリとした気分になれなかったのが非常に残念だ。映画に大切なのはまずは脚本だけど、やっぱりキャラクターの魅力というのも大切な要素のひとつなんだなと。まあ、アパルトマンの管理人フォワン夫人を演じるダリー・コール(この人男性だったのね)は唯一クスリとできるキャラクターだったけど。あと、ジルベルトの妹アルレットを演じたイザベル・ナンティってどこかで見た顔だと思ったら、「アメリ」に出てた女優さんでした。

2005/01/07 @シャンテシネ
  1. 2005/07/16(土) 17:30:22|
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mista-bone

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