Once Bitten,Never Shy~観ないで死ねるか!~

劇場鑑賞作品について言いたい放題。少し毒入り。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

メタリカ:真実の瞬間

metallica.jpg

「ライヴより熱い!感動のヒューマン・ドキュメンタリー!!」
お楽しみ度 ☆☆☆☆★

 現在のロック・シーンにおいて、"ロック・ファン"を自称する者で、その楽曲は聴いたことがなくとも、METALLICAの名前を知らない者はいないだろうと思えるほど、"ロック・モンスター"と化してしまった彼ら。まさか、彼らのデビュー当時にここまでの存在となると予測した人はいないだろうな~。ま、そういう私自身も、彼らのデビュー当時は「なんだこりゃ!?」と思ってた口だし、そもそもが自分の嗜好と異なる音楽性だったから、少しずつ人気を博していっても、割と傍観者的な立場で見ていたような気がする。結局傑作アルバム「MASTER OF PUPPETS」の凄さを分かったのだって、90年代に入ってからだったしね。その割には、凄みを分かった途端に1st、2ndアルバムを聴いて、1991年のカウントダウンライヴでは一心不乱に「die~!die~!」って叫んでたりするのだけど(爆)。

 そんな彼らが「RELOAD」に続くニューアルバム「St.ANGER」のレコーディング風景をドキュメンタリー・フィルムにしようと撮影開始したものの、これがもう彼らの意図した方向とは大幅にズレてしまった生身の人間臭い、バンドの内幕モノのドキュメンタリー・フィルムになったというのがこの作品。確かに「St.ANGER」発表時のインタビュー記事でもレコーディング過程でバンドの状況がかなり危機的状況だったということがメンバーの口から語られていたような気がするが、まさかここまで生々しいものだったとはね~。モチロン、我々観客側は、無事に「St.ANGER」が発表されたこと、そしてそれが「LOAD」、「RELOAD」に不満だったファンからも大いに好意的に迎えられて成功を収めて、METALLICAは今でも健在、ということを知っているのだから、ハッピーエンドを迎えるというその結末を知っているわけで、そうすると、結構野次馬根性丸出しでこの作品を観ることができるのかもしれない。しかも、あたしの場合は、決して彼らの熱心なファンじゃないしね(爆)。

 ここでは、現在のメンバーだけでなく、過去のメンバーたちのコメントも挿入される。セラピストを同席させての撮影に、「こんなビッグなバンドにセラピストなんて、信じられない!」ってバンドを飛び出すジェイソン・ニューステッド。彼の気持ちも分からなくはないが、この胡散臭い(笑)セラピストのフィルがいたがためにバンド・メンバーの心情が吐露され、葛藤が明らかにされ、それが緊張を生み、ぶつかり合い、その一方で相互理解に向かうという側面もあったような気がする(とはいえ、プロデューサーのボブ・ロックの「ご高説はもっともだが、鼻につく!」という言葉は小気味いい)。

 その一方で、ジェームズ・ヘットフィールドは途中でアルコールのリハビリ施設に入っちゃって離脱しちゃうし、戻ってきても当面は12時から4時までのパートタイムね、っていうのにまた彼自身イライラを募らせたり、いつもは一歩引いた形でバンドの潤滑油的な役割を果たしているカーク・ハメットなんかも、ラーズ・ウルリッヒの「ギター・ソロなんて要らない。」発言には珍しく語気を荒げてキレ気味だったり、ラーズがジェームズの鼻先で「Fuck you!」って叫んでみたり、ホント、結末は分かっているとはいえ、なんとも生々しく、あ~、ビッグになったバンドを上手くハンドルしていくのって難しいんだよな~と思わず嘆息。しかし、彼らの本音がバシバシ繰り出されるところに人間ドラマとしての面白さがある。

 そんな中で、ラーズとデイヴ・ムステインの会見シーンには、なんとも胸が突かれる思いも。今まで強気の態度を売りにしていると思っていたムステインの口から、まさかあんなセリフが出てくるとは思いもしなかった。彼も彼なりに思うところがあるのね(はたして、ムステインは、このシーンが公開されることをよしとしたのだろうか?)。

 そして、そんなバンド内での緊張関係が続く中で、ジェイソンの後任としてメンバーとなったロバート・トゥルージロの、後任となることが決定したときの満面の笑みに救われる気もする。

 こうして、紆余曲折を経て完成した「St.ANGER」、そもそもこの作品のレコーディング風景のドキュメンタリーだったはずなので、当然の如く局所に挿入されるこのアルバムの楽曲たち。このような経過を経て完成したアルバムということにスポットを当てると、映画鑑賞後このアルバムを聴きたい気にさせられるのもまた事実。でも、よく考えたらあたしこのアルバム持ってないや・・・(汗爆)。買いに行かなきゃ。いずれにしても、2時間20分を長いと思わせずに一気に駆け抜けるテンションとパワー。いやはや、参りました。

2005/08/12 @シネクイント
スポンサーサイト
  1. 2005/08/14(日) 19:22:18|
  2. movies(ま)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ミリオンダラー・ベイビー

milliondollar.jpg

「愛に、打たれる。」
お楽しみ度 ☆☆☆☆

 ご存知2004年度アカデミー受賞作品。とはいへ、アカデミーを取ろうが取るまいが、そんなことは作品の価値には何の影響も与えないと考えているあたしのような人間にはどうでもいいこと。この作品に示されているであろう"絆"の物語に興味を惹かれた。

 一方は娘と絶縁状態にある初老のトレーナー、もう一方は家族の愛に見放された女性ボクサー。このふたりが夢を追い求め、試合を通じてあたかも擬似親子関係を築くかのようにお互いの魂が共鳴していく様、そこに挿入されるそれぞれの家族との関係のエピソード。その対照的な様子が非常に印象的だし、それぞれが心に抱えるそれぞれの"想い"の表現も上手い。また、物語のひとつのスパイスともなっているフランキーとエディの関係も、多くを語らない男同士の関係の妙を上手い具合に表現しているといっていいだろう。

 さらには、"アメリカン・ドリーム"を根底から否定し(実は、ハリウッド作品で、ここが一番衝撃的なのかも)、"衝撃的"といってもいい、なんともやるせない、救いようのない結末を導き出すまでの手法も含めた脚本、構成の妙、演じる俳優陣、どれをとっても一点の曇りもない、非の打ち所のない、まさに完璧、100点満点な作品と言えるのだろう。

 しかし、スゴイ作品だとは認めつつも、仮に完璧な作品であっても、それが心に響くかどうかというのはまったく別の話。その一分の隙もない構成に、物語の内側に入り込むことができず、何の感情移入もできずにあたかも外側から傍観者的に眺めるだけの自分を発見して、この感覚は、イーストウッド監督の前作「ミスティック・リバー」を観たときに感じた感覚とまったく同じだということを思い出した。なんていうんだろう、凄くよそよそしいというか、作り手の目線が受け手の目線よりも高いというか、完璧な作品を目の前に提示されて、「どうだ~!」と言われても、「ああそうですか。」としか言いようがないじゃんね・・・。結局イーストウッド監督作品とは相性が悪いってことなのかな。

 それともうひとつ、この作品が"人生の縮図"、"人生を見つめた作品"と評されているのも耳にした記憶があるんだけど、先に「海を飛ぶ夢」を観てしまった以上、「ケ、何言ってんだか。」と思わざるを得ない。「海を飛ぶ夢」の方が、よっぽど生と死を真摯に見つめ、生きることと死ぬことについて考えさせられる作品だと思うけどね(すべての登場人物へ感情移入もできたし。やはり、キャラクターに感情移入ができるかどうかというのは、映画を観る上での非常に大きな鍵となることを実感している)。モチロン、扱っているテーマはまったく同じではないけど、こちらの作品が与えたインパクトがあまりにも大きく、その後にこうした作品を観ても、やはりその衝撃の大きさは拭うことができないということで。ただ、前述したとおり、仮に「海を飛ぶ夢」を観ていなかったとしても、評価は変わらなかっただろうけどね。

 ちなみに、受け取りを拒否されて、娘から送り返されてくる手紙を、どうしてフランキーは送った日付順に並べることをしないで、無造作に箱に放り込むんだろう。彼の心の荒み具合を示したかったのかどうか分からないけど、娘を想うのなら、あそこは並べて仕舞うものじゃないかな~。

2005/06/05 @新宿ピカデリー1
  1. 2005/07/18(月) 17:15:14|
  2. movies(ま)
  3. | トラックバック:2
  4. | コメント:3

マシニスト

machinist.jpg

「すでに1年間365日眠っていない。」
お楽しみ度 ☆☆☆☆

 ブラッド・アンダーソン監督といえば、前作「セッション9」でも背筋がゾクリとするような心理サスペンスを撮っていたが、今回も、平凡な機械工が不眠症に陥り、その原因を探っていくうちに不可思議な事件に巻き込まれ、最後に辿り着く結末までの顛末を、緊張感溢れる語り口で描いていると言っていいだろう。

 オープニングでトレバーが誰かの死体をカーペットでグルグル巻きにして街外れの場所に放り投げる、しかし、そこで彼が示す驚愕の表情、"Who Are You"という言葉から、時間軸が過去に巻き戻され、不眠症で悩むトレバーが巻き込まれる事件が描かれ、終盤でオープニングのシーンにリンクした後、そこからまた時間が未来へと流れ、そして結末が示される。

 この描き方が、同僚たちが誰も認めようとしない"アイバン"なる新入りの同僚の存在、そして冷蔵庫に貼られた不気味なメモ、何度となく描かれる分かれ道、赤いスポーツカーなどの小道具と、この事件を誰かの陰謀だと疑い、徐々にパニック状態に陥り正気を失っていくトレバーを演じるクリスチャン・ベイルの痩せこけた表情と相俟って、最後まで緊張感を保ったまま進んでいく構成力は上手いと思う。

 もっとも、この事件の真相という点で言うと、(ネタバレ)→赤いスポーツカーの持ち主がトレバーだった、ということが判明したところで「?」となったのだが、ルート66で少年を轢き逃げしたトレバーが、その良心の呵責に耐えかね、自身の記憶を封印したまま不眠症に陥り、現実と幻覚の狭間で苦しんでいるというもの。すなわち、"アイバン"なる人物はトレバー自身が作り出した幻想(マリアやマリアの息子もそう。トレバーはマリアの息子を轢き逃げしたということ)。自らの罪を受け入れ、自首することでしかアイバンからは解放されない、←(ここまで)という、決して目新しいものではないというのもまた事実。とはいえ、常々公言しているとおり、使い古されたネタであっても、着地さえしっかりと決めてくれれば別に問題があるとは思わないあたしのような人間にとっては、目新しくないオチだったからどうだとか言うつもりはないし、「なるほど、そうきたのね。」という感じで満足感を得られたというのが実際のところだ(正直なところ、自業自得じゃん、という気もしなくはないが(苦笑))。ただ、あの結末で、トレバーはようやく眠りにつくことができるんだろうな~と、些かホッとしたりして(笑)。

 ところで、公開前から話題になっていたクリスチャン・ベイルの激痩せぶり。一説によると身体の1/3に当たる約30キロの減量をしてこの役に挑んだらしいが、1/3が約30キロというと、大体撮影時の体重が60キロ弱位か(ストーリー上は55キロ弱まで減っていたみたいだけど)。そんなに一気に減量したら普通ヤバイでしょ。彼の身長がどれ位あるのか知らないが、確かにもの凄い不健康極まりない痩せ細り具合は、役者根性と言えるのだろうけど、あたし自身があそこまでガリガリではないけれど、180cmの60キロという、ハンドル・ネームからも分かるようにかなりの細身の体型なだけに、世間の皆様が言うほどインパクトは感じなかった、などと言ったらやっぱり怒られるかな(笑)。

2005/02/21 @シネクイント
  1. 2005/07/16(土) 20:46:00|
  2. movies(ま)
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

mista-bone

09 | 2017/10 | 11
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

Recent Entries

Recent Comments

Recent Trackbacks

Archives

Category

Links

Search

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。