Once Bitten,Never Shy~観ないで死ねるか!~

劇場鑑賞作品について言いたい放題。少し毒入り。

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父と暮せば

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「おとったん、ありがとありました。」
お楽しみ度 ☆☆☆☆☆

 あたしの父は広島出身。広島に原爆が投下された1945年8月6日は疎開していて難を逃れたと記憶しているが、小学生の頃、夏休みには家族で父の実家の広島を度々訪れ、それと同時に原爆ドーム及び原爆資料館も訪れ、そこで目にした資料の数々に、子供心に非常なショックを受け、それは今でも忘れられない思い出になっている。おそらく、戦争というものに対するあたしのスタンスはきっと、その当時の体験も基になっているのだろう。

 そんな"ヒロシマ"への原爆投下から3年後の夏を描いたこの作品、元は井上ひさしの舞台で上演されていたものであり、映画でもほぼ宮沢りえと原田芳雄のふたり芝居(あとは浅野忠信がほんの少し出てくるだけ)の体を取り入れ、舞台の色を色濃く残した雰囲気で展開していく。

 この作品を語るのに、多くの言葉は要らない。原爆で父や親しい友人たちが亡くなってしまったのに、自分だけが生き残ってしまったことに後ろめたさを感じ、好きな人が出来たのにその気持ちすら押し殺して生きようとする宮沢りえ演じる美津江と、そんな彼女を応援しようと現れる竹造の幽霊。竹造自身が語っているように、この竹造の存在は、「幸せになりたい。」と願う美津江の心を投影したもの。だけど、自分だけが幸せになってはいけない、どうして自分が助かってしまったのだろうと葛藤する美津江。そんな彼女の心があまりにも哀しい。この戦争は、目に見える爪痕だけではなく、本来ならば助かって喜ぶべき人たちの心にまで、生きていることに対する負い目、後ろめたさという、簡単には拭い去ることの出来ない途方もない大きな心の傷まで残してしまったのだ。竹造が「一寸法師」のパフォーマンスで語る言葉、美津江が自身の心情を吐露する言葉に、胸を塞がれ、引き裂かれるような痛みを覚えて涙が止まらなかった。そう、感動とかそういう安っぽいものではなく、ここにあるのは痛み。そして、派手なギミックのような視覚でそれを伝えるのではなく、元が舞台だからというのもあるのだろうけど、広島弁で訥々と語られる言葉、その言葉が胸に響き伝わり、痛みと哀しみが伝わってくる。そこに、お涙頂戴的な偽善的な感情は微塵も感じられず、黒木和雄監督の真摯な想いが伝わってくるのだ。

 また、主演のふたり、美津江を演じる宮沢りえの、派手さはないが、後ろめたさと負い目を抱えて生きてきた揺れ動く感情表現に、彼女もいい"女優"になっていたのだとの思いを強くし、そして、竹造を演じる原田芳雄の、娘を想う父親をコミカルな雰囲気も交えながら貫禄十分に演じ、観る者を一気にその作品世界の中に引きずり込むかのような存在感も文句なしに素晴らしい。

 来年でこの出来事が起きてから60年。当時を知る人はどんどん減っていって、その記憶も風化していく危惧があるのだけど、声高に"戦争反対!"と唱えなくても、こういった形で後世へ伝え、遺していくというのもひとつの方法なんじゃないかと思う。同じ過ちが繰り返されないためにも。これを綺麗ごとと笑う人は、笑わば笑え。手遅れになってからでは遅いのだ。

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  1. 2005/07/15(金) 21:48:31|
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